故 藤井繁克 儀社葬 お別れの会

 2011617日午前242分、入院中の西脇病院で脳内出血のため死去、この世を去り天国に旅立たれた釣針釣道具製造業

(株)がまかつ創業者である代表取締役会長「故 藤井繁克儀 社葬・お別れの会」が720日午前1130分より、大阪市内の

「リガーロイヤルホテル」TW 3 F 「光琳の間」に於いて生前親しかった多くの釣り関係者ら800人が参列、故人を偲び

 しめやかに営まれた(社葬)終了後に引き続き隣の会場において、故人の生前を偲んだ追悼集会が開かれアユ釣りファングループ

GFG」会員の皆さんが、この日のために全国57ヶ所の河川で友釣りした天然のアユ約1.500匹が届けられ、塩焼きにしたアユに

 本社所在地の銘酒「山田錦」を振る舞うなど在りし日の故人を偲びながら思い出に残る豪華なお別れの会が盛大に行われました。


関係者800人がしめやかに参列される中、

午前11時30分、全員起立して1分間の黙祷を捧げる


参列者を代表して哀悼の辞を述べられる

(株)魚矢・代表取締役社長、魚矢章博さん


父の遺志を受け継ぎ社業の発展に邁進するとともに

故人の生前のご厚誼に対しお礼の謝辞を述べられる

(株)藤井敏孝社長(右)


遺影に向い両手合わせてお世話になった生前の

恩人を偲び謹んで哀悼の意を礼拝する

チームアイランズ、國元洋正 会長


平成13103日、トカラ列島釣行時に同行した

チームアイランズ國元洋正会長(右)恩恵を受けた一人

在りし日の(故)故藤井繁克会長 様(左)

皇族家の(故)池田隆政 様(中央)悪石島沖の船上にて


国産釣り具メーカーの大物釣り用リールが無かった頃

トカラ列島や各海域の荒磯の大物釣りに使用した

自家製の巨魚用リールとペンセネター当時の物、大物釣りを

開拓してきた仲間たちが懐かしそうに拝見していた


追悼会場には、特別に用意された天然のクエが


社の発展にご尽力なされた岡田耕作さん(右)


ご子息である後継者の藤井敏孝社長(左)、藤井治幸副社長(右)
主催:(株)がまかつ

 

大正15128日、兵庫県西脇市蒲江にて出生。昭和30年「 蒲克鈎本舗」を創設、釣鈎製造に着手。昭和43年 蒲克鈎本舗を

 (株)がまかつに社名変更、代表取締役社長に就任。多彩な釣り針の他、様々なジャンルの釣り竿やハイカーボンロッド等を開発製造

アユ釣り渓流釣り磯釣りなど多くの釣り師を拡大させ、大きく躍進した。その他、数々の役職を兼任。ご活躍の実績を築き上げ、

地元の経済発展にも貢献ご尽力なされ平成15年、ご子息である長男の藤井敏孝氏に取締役社長の座を譲り、取締役会長に就任。

不安定な時世を見つめながら余生を送っていた。享年86歳、多くの釣り師たちを育て上げてきた釣り業界の

巨星が一つ消え去ってしまった。ここに故人の功績を称え謹んでご冥福をお祈り申し上げます。永遠に安らかにお眠りください。

2011720日、合掌

お別れの会式場:リーガロイヤルホテル(大阪)